(3の続き)…というようなことを、会った時に、彼に言ってみた。
 私じゃなければならない理由などあるのか、あるとすれば何なのか、と問うてみる(こんな質問自体、無意味かもしれない、と知りつつも…)と、
「時間じゃないかな」
という答えが返ってきた。
 つまりは、今まで一緒に過ごしてきた年月、それによる親しみ、ようなものらしい。
 
 そうか。
 では、また新たに、別の人と、その「一緒の時間」とやらをつくってゆけばよいではないか。
 何も、相手は私でなくとも、不都合などはありますまい。むしろ、こんなこうるさいことを言い出さない人であれば、私なんかよりもずっとずっと手がかからず、楽でありましょうに。
 …こう考える私って、冷たい人間なのだろうか。
 
「俺は、付き合っている間柄では、『無償の愛』(そんなものがあるのかどうかは知らんけど)とでも呼ぶべきものが必要だと思う。で、俺の側としては、この数年間で、それを持って接してきたつもりやねん」
 
 さようでございますか。…無償の愛って何?
 私にはよくわからない。私は、そんな漠然としたものよりも、実際の接触のほうが欲しい。
 そんな、腹の足し、じゃなかった、肌の足しにもならないような理念の愛情なんて、説いて欲しくない。そんなことを囁かれたって、嬉しくない。随分と傲慢に響くやもしれないが、私は実感が欲しいのだ。甘い言葉よりも、まずは人肌の温み。
 無償の愛だなんて、耳当たりの良い言葉で誤魔化されているような気すらしてくる。それによって、都合よく繋ぎ止めて(というか、「確保」して)おこう、とされているように感じてしまう。
 私って、そんな言葉ひとつで簡単に機嫌をよくするように見えていたのだろうか、とまで勘繰ってしまう。
 確かに私はあまり夢の無い人間かもしれないが、少なくとも、そんな言葉で相手の気を引こうとは思わない。自分の実感の湧かない言葉を口にして、歯の浮くような思いを味わいたくない。
 実際にその「無償の愛」とやらがあるに越したことはなかろう。だが、それを受けている幸福、その実感が相手の側にも伴わなければ何ら意味が無い、と私は思う。
 
 そして、また新しい相手が見つかるのだろうか、と自分の心配ばかりする私に、彼も腹を立てたのだろうか、ついにこう言った。

「それでは、相手は誰でもよいということなのか。ならば、猫またぎは、無料のソープランド(*)を求めているも同然」
と。

(*)ここでは多分、風俗営業全般を指して言ったのだろうと思われます。客が自ら店に出向く、とは限らないので。
 
 
 そうか。言われてみれば、そうかもしれない。
 直接的な快楽の世界を求めているわけではないが、思考回路に大差は無さそうだ。
 私が時折夢想する、「宅配添い寝業者」がその最たる例である。
 宅配添い寝業者。電話一本で気楽に呼び出せて、文句ひとつ言わず添い寝をしてくれて、こちらの要望によっては、様々なオプション追加(「枕を交わす」に限った話ではなく、寝覚めの緑茶を淹れてくれたりとか、そういう、些細なこと)なんかもしてくれて。私(の身体)の残酷な品定めなんて、もちろんしない。間抜けな寝顔やなんかを笑いものにしたりもしない。そして、後腐れなく楽しめる。金の切れ目が縁の切れ目、のそんな都合の好いものがあれば、たとえ一時にせよ、よい気慰みになりそうだ(それとも、その人が帰った後には虚ろな気分が残り、淋しさが益々つのるかな?)。…人聞きは悪いだろうが。
 それを、恋人という相手に無銭で求めている、というだけのことなのだ、私は。
 
 と、私の頭の中には、そういう、あまりよろしからぬ空想があったりもするので、彼の指摘には反論出来なかった。ぐさりと突き刺さったけれど、本当のことかもしれないし。
 
 彼自身は、言った後、後悔していたようだけど。
 でも、言ってしまったものは取り返せないのだ。
 
 表に出たものだけが、相手にとっての全て。

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